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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

遥かなる男の旅路

その男は闘いの場が好きだったのだろうか
学生時代はフットボールの選手
第一次世界大戦で重傷を負い
スペイン戦争では砲弾をかいくぐり
アフリカでは2度の飛行機事故からの生還
その男
アーネスト・ヘミングウェイ
キューバの海を愛したアメリカの作家
その彼が最後にたどり着いた『老人と海』
これも人間と魚との壮絶な闘いだった
彼はいつも悪と闘っていた訳ではなかった
しかし
何の為に闘ってきたのか
彼は分からなくなった
だから、不死身のその作家は
最後に猟銃自殺をした
ボクはヘミングウェイの全ての闘いに
感動する
人生、努力の大方は、たいした成果をあげることなく埋もれて行く
でも、闘いの断片に感動がある
政府や学校が指導しない感動がある
時代に寄せる感敏さ
世間の動きに対応する俊敏さ
闘う男が、決まって持つ感性
流転・放浪、さ迷う男の旅路にこそ
世の中が求める男の姿があるのではないか
取り敢えず、転がる石には苔が生えない
(老人はゆっくりとコーヒーを飲んだ。それが一日の食事の全てだ。小舟の舳先に水を入れた瓶がある。それだけあれば1日は充分に持つ。ボクもボートでの釣りは好きだが、まだそこまでの境地には達していない。)

人間に条件があるとすればだが、それは・・・

それは誰の目にも虹色の閃光に見えた
最新のコレクションを集めたランウェイ
そう見紛うほどの華があったが
そこは紫煙にまみれた、汗臭い
ボクシングのリング上であった
マフィアの端くれが札束を握りしめ
唾を飛ばして叫んでいる
なんと言うステップワーク
ボクサーよりもダンサーのそれだ
俺は世界チャンプになるんだ
俺に勝てる奴などいない
例え相手が国家でもな
お前はスリーラウンドで倒す
お前はファーストラウンドでKOだな
俺が負けるわけがない
なぜなら俺は俺だからさ
カシアス・クレイ
ホラ吹きクレイと呼ばれた男は
激烈な格闘家の階段を駆け巡り
あっという間に世界チャンプになった
蝶のように舞い
蜂のように相手を刺した
ヘビーな野獣どもは誰も
カシアス・クレイに翻弄された
そう、もて遊ばれた
天辺に立った彼はベトナム戦争に反対した
罪のない人々を殺す戦争は戦いではない
だから、兵役を拒否した
世界チャンプのタイトルを剥奪された
彼は五輪の金メダルを川に投げ捨てた
笑いながら消えた
しかし、彼はアフリカで蘇った
モハメド・アリとなって
再び世界チャンプに返り咲いてみせた
アリは言った
他人の望む人間になる必要はない
人間に生きる条件があるとすれば
それは・・・
自分の望む人間になることだ
俺は俺の望む人間になっただけさ

(カシアス・クレイのボクシングが大好きだった。マジソンスクエアガーデンのリングに立つ彼が大好きだった。ボクが今でもサンドバッグを叩くのは、そんな想いがあるからなんだ)

マタギ 野性の目覚めの中で

荒ぶる西風が、やっとたどり着いた
初夏の香りを吹き飛ばす
山肌が晩春を取り戻した
終の一陣の風のなかに命が芽生える
仕舞っておいた過去が顔を見せるように
幸せは、あくまで希望
手と手を合わせて線を描き
地上の陰と陽を、掻き分けて歩く
突然現れた山深き林道
ボクの前を行く男ひとり
村田銃を肩に下げ
弓手に鋭い槍を掲げている
マタギだ
磐をも貫く鋭い眼光
獣にも悟られない静かな呼吸
万本の花の中にさえ
狙いを嗅ぎわける嗅覚
常に激しさの中で下す判断は
相手の幽かな微動の兆しにさえ
鋭敏に感応する
いつしかボクはマタギに同化し
一体と和す
マタギの山の掟が身体を巡る
山の中では日常の話をするな
会話は山言葉でせよ
猟の前では、女と話すな
山の神は嫉妬深き女神なのだ
必要な時だけ熊を殺れ
熊鍋にはネギとキノコは使うな
以上、神との約束は死ぬまで守れ
山から命を頂いているのだから
そうか、そうだよ
ボクの血潮はマタギの血統
運命を忘れていた
夕暮れの淡き森の光のなかで
(山から命を頂くマタギ。海から命を頂く漁師。里から畑から川から命を頂く様々な民。都会の暮らしに追われ、人間の本質を失念していた。ボクたちは、あらゆるものから命を頂いて生きているのだ。)

人を創るは、また人なり

アードスコイ ドスコイ
RightPocketsを甚句に詠めばよー
アードスコイ ドスコイ

アー今年の春の訪れは
4月の熊本大震災
未だに暗き世の中も
人を明るくさせるのは
いつの時代もただひとつ
心を装い笑顔を貢ぐ
超然孤高の心意気
それが男子の真骨頂
数多の理想があるなかで
義理と信条の克己心
貫き続けて半世紀
放送と言う名の鏡前
己を映して身をただし
時代の流れに染まらずに
時代の変化を創りだす
そんな稼業を理想とし
寄せ来る荒波乗り越えて
初夏の香りのこの佳き日
品格ただして門をでる
華は上野か浅草か
いや、近頃は海原の
波間にずんと咲き誇る
天下理想のいやさかを
飲んで歌って共にせん
人を創るはまた人で
人が人を寄せ集め
大きく見事な大輪を
その艶やかさ世界一
我らの品格輝かせ
RightPockets面々は
これぞ時代のヨーホホイ
アー国の華よー
アードスコイドスコイ

少年の一途な想いは

ボクの育った、この砂浜を
ボクはどれだけ歩いただろう
流れる雲や夕焼け空に向かって
どれだけ叫んだことだろう
嬉しい時も悲しい時も
見つめていた、この波の彼方
大切なものは全てここにあった
ボクは一途な想いの少年だった
好きな感情が溢れすぎると
いたずらに憎しみに変わった
好きと憎しみは紙一重
直球しか投げられない少年だった
防砂の松林も砂山も
潮吹き貝も浜木綿も
ボクを見つめていてくれた
正義感も道徳観も良識さえもない
少年的なボクの感情
北原白秋の『紺屋のおろく』のような
自分本意な少年と同じだ
憎いあん畜生は紺屋のおろく
猫を抱えて夕日の浜を
知らぬ顔して、しやなしやなと
染め物屋の色っぽい女に惹かれた少年は
どうせ手にはいらないのなら
可愛さ余って憎さ百倍
女の不幸を願ってしまう
ありにも少年的な感情の北原白秋
ボクも好きな少女の不幸を願う
憎いあん畜生な少年だったっけ

(湘南サウンドに目を閉じると、いつも砂浜で一人遊びしてる少年のボクが浮かんでくる。そしていつも、自分勝手な自分本意な少年なのだ。憎たらしいボクなのだ)

人の心を傷つけたこと

ボクにサイクルがあるとすれば四季だ
ボクの営みと深い関わりを持っている
とりわけ春から夏への変わり目
こんな気儘な風来坊でも
ふと、来し方を振り向く
過去などには意義を感じないボクでも
ほんの一瞬だけ振り向く
春の語源は払う
辛い冬が取り払われるから春なのだ
ボクはたくさんの傷をおっている
なんだか、こんな素敵な言葉で人生を
振り返りたいものだが
ボクには傷がない
まぁ、擦り傷の3つはあるが
心の傷はまだない
裏切られたり、騙されたり、踏みつけられたりもしたが
心に傷はつかなかった
しかし、ボクは決して屈強な精神力と頑強な体力を持つ男ではない
自堕落な風来坊にすぎない
そのボクは、随分沢山の人を傷つけてしまったと、今更ながら想うのだ
格闘技の好きなボクだが、素手で人を傷つけたことなどない
しかし人の心を傷つけたことはある
ボクは自分の後ろ姿を見つめ、唯一悔やむことは、この事だ
遠くからでもいい
心を傷つけた人々へ両手を合わせていたい
そんな年齢の域になったんだろう
歳を重ねるって素敵だな
(なんだなんだ!この柄でもないセンチメンタル。このボクのブログは何も決めないで書き出す。初めの一行を書くと後は勝手に言葉が出てくるから記録するのだ。だから、本人が思いもよらない文脈になるのが面白い。)

人間の品格とは

あちこちの山が美しく膨らむ季節
黄緑や薄紫や呉藍の柔かな若葉を装った
様々な樹々がふっくらと山を彩る
そのなかで、ひときわ自己主張している
青々と凛々と天空に伸びる竹林
光る地面に竹が生え
地上に鋭く竹が生え
まっしぐらに竹が生え
詩人 萩原朔太郎は竹にエロスを視ている
竹を、震える私の孤独の魂と謳う
朔太郎の震える魂は震えるエロティシズム
朔太郎が見つめた、震える魂は
地下に伸びる竹の根
根の先より繊毛が生え
微かに震える繊毛が生え
これこそが萩原朔太郎のエロティシズム
竹のイメージは朔太郎そのものである
そう言い切ったのは北原白秋だ
彼の気品 品性は地面に垂直に立つ一本の竹
竹は天を直観している
ボクは、仕事も竹の如くにありたいと思う
情けは人の為ならずと言うが
仕事は自分の為ならずだと思えるようにやっとなれた
それこそが人間の品格だと想う
残る人生、竹の如く真っ直ぐに
天空に伸びて行こう
地下の根の繊毛はどうしようかな(笑)

(竹は垂直に屹立する。この姿がエロティックであり、また神秘的でもあるのだろうか?目眩く月夜と竹の斬り口とかぐや姫。将にエロスの世界である。)