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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

keep passing the windows

人生には小さな落とし穴がある
その穴を覗き込んではいけない
開いた窓は見過ごせ
それが生き続けること
keep passing the windows
人生は残酷で悲惨な出来事の連続
それに負けて
ふと、ため息をついたとき
悪魔は絶妙なタイミングで囁く
もう、諦めなよ
ほら、窓が開いているよ
飛び出してごらん、楽になるから
その時
keep passing the windows!
そう言葉をかけてくれる仲間がいればいい
ホテルニューハンプシャー
ジョン・アーヴィングの小説が好きだ
ある家族があらゆる困難に
淡々と無邪気に生きていく物語
特に互いに傷つき深い苦悩のなかで
残りの人生を生き抜いていく為に
男と女がたった一度だけ
禁じられた行動を決意する
あの人生のディシジョンが好きだ
男はNowと言い
女はNeverと叫ぶ
二人のNが交差し、融け逢う
it's now or never
今しかない!
人生の混迷のリクエストに対する
究極のレスポンスはこれしかない
it's now or never
(長い人生を振り返ると、ここで決心しなければ、全てが終わると覚悟する時があった。その時、ボクも心の中で叫び、ディシジョンを出した。今しかないんだよ!
it's now or never!)

ある生涯・・ささやかな真実

夢と希望を抱えた世間知らずの乙女
彼女と初めてあったのは
本当に何気ない偶然で
彼女の人懐こい柔らかな瞳が
ボクの心に入り込んだ来た
まるで運命の光線のように
生活のなかで見つける様々な小さな幻滅も
ささやかな真実の裏切りも
彼女の生涯には
人生に対する悲観主義的なプロットは
存在しなかった
泉のように優しさを湛える大きな瞳は
陶製のオランダ人形のブルー
形の良い鼻筋
微笑みを忘れない唇からはいつも
無邪気な笑い声
小さな顔をくしゃくしゃにして
ボクの胸に飛びついてきた
ボクの彼女の『女の一生』は
文学座の森本薫の戯曲ではなく
モーパッサンの小説のように
いつまでもいつまでも
世間知らずの乙女のままだった
ボクの大好きだった愛犬なみ
今日は彼女の三回目の命日だ
(古い暦を眺めながら時を過ごす。ボクは食堂の壁に止めてある暦の前に椅子を引き寄せ、夜までじっと見つめているだろう。長く生きていると切なく感じる、そんなシーンかな。モーパッサンのジャンヌのように。)

全ての人にある二重人格

意識したことがありますか
私と言う他人の存在を
たとえ神であっても和魂と荒魂の神格が存在するように
全ての人間にある二重人格
ロバート・スティーブンソンは振り分けた
ジキル博士とハイド氏に
誰にでもある悪の化身 ハイド氏
昔、これを読んだ時
小説だから多少の無理やウソは付き物
これは創り話と安心していた
しかしこの時代
辺りを見渡すと
ジキル博士とハイド氏はどこにでもいる
しかもバーチャルではなくリアルに
善人がいきなり悪の化身となり
人々を傷つける
二重人格どころか多重人格さえもいる
善良な教育者が権力の亡者と化し
裏金作りの権化なんて奴も
ボクの知り合いにいる
ばか騒ぎされた東京都知事のアホ添さんなども、典型的な二重人格者だろう
彼も最初に
『ごめんなさい、もうひとりの私がやっちゃいました』
と、言っておけば済んだものを。
あっ、今日のこのブログは、もうひとりのボクが書いていますからね♪
(間もなく二重人格から多重人体の時代が来る。私と言う私が何人でも存在する。
それがAI人工知能の時代だ。AIは世界革命だ。もうひとりのボクはあと2年で現れるとボクは真剣に思っている。)

快楽を人生の目的と決めた男

僕はひたすら快楽のために生きてきた
如何なる種類の苦悩も悲哀も
僕の人生の体系の中には含まれていない
これはボクの言葉ではない(笑)
オスカー・ワイルドだ
見せかけの若さの為に人間は
如何に大きな代償を払うことになったかを
メルヘンタッチで描いた小説
『ドリアン・グレイの肖像』
快楽を人生の目的と決めたオスカーは
若さを如何に継続するかが最大の関心事
でもボクは、若さを快楽を味わう為の
便利な条件とは思わない
そのように誤解されている節もあるが(笑)
若い頃、放蕩の限りを尽くし
中年には、並ぶものなき名声を博し
晩年には、聖人になろうとしたのは
トルストイだった
性欲こそ人間の不幸の根源だと
純潔の生活を実行するもできなかった
老人の醜さ
嫉妬に狂う男の生々しい姿
『クロイツェル・ソナタ』
トルストイが60才過ぎてからの作品だ
イヤー洋の東西を問わず
男の一生はつまらない苦労をするものだな
男が歳を重ねても
聖人なんぞになれないのは
近頃の政治家や経済人を見てれば分かるね
(ちなみにトルストイの結婚生活は、48年間に13人の子供がいた。彼の人生、前半は天国、後半は地獄、晩年は何度も自殺衝動に駈られ、何度も家出したと言う。あー、歳は取りたくないものだ!)

一寸先は光と言う生きかた

現世は自由に見えるけれども
日常の理屈や習慣がほとんど通じない
不条理な世界だ
そんな処にボクたちは生きている
ボクが大学生の頃
オーソン・ウェルズ監督の『審判』を見た
アンソニー・パーキンス
ロミー・シュナイダー
ヨーロッパの多くのユダヤ人の運命が
不条理な映像の中にあった
あれから半世紀
今もボクの目の前に不条理な出来事はある
人の生涯はいったい、何のためにあるのか
あの男ギャッツビーは
昔の恋人を奪い返す夢の実現の為に
大邸宅を用意した
米国の作家フィッシュジェラルドの
グレート・ギャッツビー
全てを賭けた男の不条理な悲劇的結末
一寸先は闇なのか光なのか
キチンと人生の計画を建てるギャッツビー
その男は天気予報が嫌いだった
明日を知りたくないから
その自己矛盾こそ不条理だった
ボクはいつも一寸先は光だと思っている
(ここ数日、不条理なイメージが離れない。日常を見ても不条理な連鎖が続く。
東京都知事のばか騒ぎなど、不条理以外の何物でもない。ただ、ボクたちは不条理を不条理に楽しんでいるだけなのだ。)

不条理と如何にして闘うか

目に見えない神を裏切らないこと
人と人との結びを大切にしてきた
日本人の秩序はここにある
都会に夏が来ると
この世の最も卑猥な生物にすら
街は冷たく意地が悪い
支配者はビルの群れ
虚無の無意味
人間たちのドラマは
同じ街を舞台にしながら
絡み合うこともなく
見知らぬ通行人のようにすれ違うだけ
体験と思索
夢想と妄想を身体中に詰め込み
混沌とした意味ありげな叫び声
女から借りた夢見る力
目からの衝撃を子宮の中で受け止める
風流の分かる女たち
過去など一羽の鳥のように飛び去る
真理とか自由は心情に過ぎない
孤独なモグラにだって自由な快楽はある
でなければ、生きている意味がない
不条理と如何にして闘うか
人間の良心の唯一の寄り処
失われた時を求めて
(マルセル・プルーストの言う失われた時を求める事が、人間にとってどんな意味をもつのか。夜の終わりにふと、考えてみる。やはりボクたちには、見えない神を裏切らないことにしかアイデンティテイは無いのではないか。)

少年時代への痛切な憧れ

自分があそこからどれ程
遠くまで来てしまったのか
男の長い人生には
過ぎ去った少年時代への痛切な憧れがある
幻想と現実の解離
夢と現の交錯
そこにあるかもしれない
天空に輝く新しい彗星
確かにあそこにはあった
見えた気がした
ニューオーリンズ生まれの作家
トルーマン・カポーティの小説
『遠い声 遠い部屋』
父を探して時代を遡上する少年は
やがて、本当の自分を見つけた
ボクはいったい、何を探しているのだろう
あの日の島影
海草の匂い
風に舞う砂山
松林の緑色
あの日と何も変わっていないのに
ボクの心はあの日の少年のように
まだ済みきってはいない
自分はここからどれ程
遠い処へ行ってしまったのか
ボクの探し物はなんなのだろう
(ボクはずいぶん遠くまで歩いてきた。遠い声が聞こえる。ここが望んでいた所なのかと。海にたたずむ少年はそんなことを考えている。後ろ姿の少年は。)