里山の村落。
菜の花が咲きみだれ、ホトトギスが鳴いている。
何処かで見た風景であるが、ボクの故郷ではない。
小高い土手を登ると川が流れている。
かなりの急流だ。
多分、大人だと思うが、三人の男が、一本のロープに掴り流れに身を任せて遊んでいる。
まるで岩場のロープに三人でぶら下がるように、急流の中で、そのスリルを楽しんでいるようだ。
「茂!茂!」
ボクを呼ぶ声がする。
母ちゃんだ。
着物の上に、割烹着をまとって鍋を持った50歳位の母ちゃんだ。
相変わらず、小柄で優しい眼差しと頬笑みで、ボクを見てくれている。
両手で持った鍋をボクに分からせようと。
突然、母ちゃんとボクの居る場所が、どこかで見た所…小さい頃に住んでいた横浜の伊勢佐木町の家の台所だ。
60年以上経っても、忘れることのない、この匂い…
母ちゃんのシチューの匂いだ。
やったぁー!すげー!シチューだぁ!ごっそうだぁ!
ボクの母ちゃんのシチューは、ジャガイモと人参と小さな牛肉が入っている。
白いスープは、和光堂の粉ミルクだけど甘くて美味しい。
ボクの家は商人なので、母ちゃんも店に出るから、滅多に料理を作らないし、得意でもない。
ボクの家は、何かの記念日などに、このシチューが食べられるんだ。
母ちゃん!今日は何の日だっけ?
あれっ?
なんの日だっけ?
(余計なこと考えるから、シチュー食べる前に覚醒してしまったよ。今のボクより、はるかに年下の母、でも、ボクの母ちゃんなのだ。ボクの母の味は、このシチューだけだ。戦後、間もなくのこの頃は、このシチューは大変な御馳走だった。今度、母ちゃんが夢に出てきたら、絶対にシチューを食うぞ!)