小さな半島の足元の海。
伝馬の漁船で、漁師の松五郎と鯛を釣っている。
手バネのしゃくり、つけ餌はサイマキだ。
「夕日がおー、あの山の20センチぐれいの時に、ここいらの鯛が食う時合だおー」
松五郎が、西の山を指さして言った。
夕日が真っ赤に燃えて、西の山の峰の20センチの処へ落ちて来た、その時だった。
ボクのしゃくりが空中で止まり、竿の先が、いっきに海中に持って行かれた。
竹竿のしなりで必死にこらえるボク。
海底に引き込もうとする、明らかな大鯛の当たりだ。
今まで、経験のない強烈な当たりだ。
そいつは海底をゆらゆらと泳ぎ、伝馬の船ごと引っ張っていく。
ボクは水面を見つめ、大鯛との決死のやり取りに夢中だ。
気が付くと、辺りは闇夜。
鯛に引きずられた釣り糸が、夜光虫の海面を切り裂き、万華鏡のようだ。
眩しさに、目を閉じた。
そして、再び開けると、そこは廃墟の水族館の中だった。
どの水槽にも水が無く、クモの巣が張っている。
水草の代わりにキノコが生えている。
水族館内の照明は、裸電球一個。
そのぼんやりした灯りに照らされて、まだ水の残る、大きな水槽の中に鯛が一尾泳いでいた。
8㌔はありそうな大鯛だ。
良く見ると、鯛の口に釣針が刺さっていた。
鉛の付いた鯛のテンヤ針、ボクが自分で作った奴だ。
えらいことをした。
ボクは朽ち果てた階段を駆け上り、大水槽の中に飛び込んだ。
鼻に水が入ってくるしい。
これは子供の頃、いきなり海に飛び込んで、いつも経験していた、あの咽るような感触だ。
なつかしいなぁ・・・
何て事を思っていたら、夢が覚めたらしい。
(この小さな半島が何処だかは、分かっている。よくこの季節には、のっ込みの鯛を釣りに行った。そして、そこにはあまり人に知られていない廃墟の水族館が実在する。ボクの秘密の隠れ家だから、内緒(笑))