梅雨空の渓谷は、時折雨脚が強く冷たい。
木々の切れ目から、黒い雲の点在が見てとれる。
渓流にはまだ、濁りが入っておらず、イワナ釣りには最高の条件なのだ。
さらさら流れる渓流の左手に、ワンドを見つけた。
本流の流れが入り込んで、深い池のようになっているのだ。
水中に魚影が見える。
かなりの大物だ。
ボクは岩陰に身を隠して、毛バリのついた仕掛けを振り込もうとしたその時である。
ボクの狙っていたポイントに、対岸の岩陰から毛バリが飛んできて着水した。
水面に羽虫のように浮かんだ毛バリに、水中より魚影が浮かび上がり飛びかかった。
咥えこんで一気に水中に反転した。
すごい!
尺級のでかいイワナだ。
ピーンと張った道糸を、竿を立てて貯めている釣り師が、岩陰から現れた。
女性だった。
なぜか、彼女は釣りの服装ではなく、空色のワンピースを着ている。
胸元が開いていて、豊かな胸の谷間が見える。
ヘアーはボブ、長い黒髪のワンレングス。
優しい笑顔、柔らかな身のこなし。
何処かで見たことがある・・・というより今日一緒にボクの車で来た女性だ。
と、言うことは、ここは東京の唯一の村、桧原村だ。
それじゃ、テレビの旅番組の撮影じゃん。
あれ!プロデューサーはボクだ。
彼女は旅人役の志乃さん、池波志乃だ。
すると、カメラスタッフは何処だ?
ここは何のシーンだっけ?
あれ?あれ?
頭がごちゃごちゃで覚醒した。
(なんと懐かしい池波志乃さん。今は中尾 彬さんの奥様だけれど、40年前の姿で現れてくれた。お父上がボクと親しかった金原亭馬生師匠。その娘さんの志乃さんは、まだ新進女優だった。ロケ現場の桧原村まで、志乃さんを車で乗せて行った事を思い出した。夢ってすごいこと記憶しているのだなぁ)