黒墨をキャンバスに流したような漆黒の洋上。
わずかなフォローの微風をメインスルで掴み、ボクの操舵するディンギーはピスピスピスピスとバウで海を切り裂いて進んでいる。
ヨットが海と会話しているような音だ。
暑い。
猛烈な湿度だ。
海が涼しいなどと言う感覚は、セーラーにはない。
アゲインストの風ならまだいいが、追い風フォローはヨットでは地獄の一丁目だ。
追い風に乗ったヨットは無風状態なのだから。
その時である。
突然、ブオーンと、ダウンブローが落ちて来た。
天空の風神が、背負った風袋を思い切り開いたような、上から叩きつけてくる風だ。
風が真逆になった。
ボクはメインスルを戻して、ジブセールを出した。
暗黒の中をヨットが疾走する。
何も見えない。
その時だった。
海面に数億の星を散りばめた様な、眩い幻想の世界が現れたのであった。
何百何千のネオンを着けても、ここまでの光度は無理だ。
この世のものとは思えない、光り輝く世界が出現した。
疾走するヨットが夜光虫の群れに突っ込んだのだ。
ヨットのバウが切り裂き、飛沫となって飛び散る波に、泳ぐ夜光虫が、驚愕の光を放つのだ。
美しい。
美しすぎる。
飛び散る飛沫が、ボクの頭上からも降りかかり、ボク自身も光り輝く。
このまま心を奪われたまま、この世から消えていってもいいな。
何も怖くない。
ボクはこんな最後を望んでいたのだから。
それが今なのか。
待て、原稿の締め切りは?
LM文化塾の企画書は?
本棚の整理は?
まだまだあるぞ・・・
なんてこと、真剣に考えたら、目覚めちゃった。
(久々の夜のクルージング・・・もっと見たかったな。夜のヨットは船上を明るくすると、先の障害物が何も見えないので、真っ暗にしておく。運が良いと美しい夜光虫の群れに遭遇する。あの美しさは忘れられない。)