懐かしい場所だ。
横浜南区の庚台。
高台にあるボクの家の庭は、自給自足の畑になっている。
おばあちゃんが茄子をひとつもいで、手のひらできゅきゅと揉んでボクにくれる。
ボクはいつものように、それにかぶりつく。
フワッと、生茄子のかほりが口中に広がってゆく。
ボクはおばあちゃんに手を引かれて、眼下の横浜の街を見下ろしている。
足元の黄金町、横に伸びる伊勢佐木町、元町、松陰町にはボクの家の店がある。
「いさご豆」と言うお菓子問屋だ。
その先は横浜港だ。
いつの間にか夜になっている。
その時突然のサイレン。
空襲警報だ。
おばあちゃんがボクを抱きしめて、防空壕へ行こうとするが、ボクは嫌だと駄々をこねている。
町の明りが突然消え、真っ暗になる。
全ての明りが消えた頃、大空に爆音が響き渡る。
アメリカ軍の巨大なB29の大編隊がやってくる。
毎日のようにやってくる。
地上からの探照灯が夜空を照らして、B29を探す。
見つけると高射砲を撃つ。
でも、それも一瞬で終わる。
爆撃機の高度までは、弾が届かないのだ。
B29から雨のように落ちてくる焼夷弾が地上に激突し炎を吹き上げる。
真っ暗だった横浜が、真昼のように光って見える。
きれいだ。
ボクはいつもこの燃え盛る町の夜景が見たくて、防空壕に入るのを嫌がったのだ。
暗闇の中で、大人たちが大声を上げながら、走りまわっているのも面白い。
バチーン!
何か、何処かで大きな音がして、ボクの映像フィルムが吹き飛んだ。
(明日は69回目の終戦の日。ボクは目を閉じてうつらうつらすると、この3歳の時の映像フィルムが決まって現れる。何も知らないボクは、アメリカ軍の理不尽な無差別爆撃を美しいと見つめていたのだ。今年は第一次世界大戦から100年、なんだか世相や人心が参戦当時に似てきているのが不気味だなぁ)