河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

社会が許しても、天が許さないのだ・・・

真っ暗な山道の際に、古びた三間流れ造りの神殿

ふたつの篝火が夜空を焦がすように赤々と・・・

笛と鼓の単調な調べの中で、白無垢の巫女が舞っている。

それは神を天から、呼びおろす舞いなのだ。

その巫女舞は、右に三回、左に三回・・・

これを繰り返している。

神は巫女の回転の中に、降臨するのだと言う。

ボクは、心の中で許せない社会の仕組みや人間を、想い浮かべている。

神が降臨したら、伺ってみたいのだ。

なぜ、人間は三日会わないと豹変してしまうのか・・・

自由とは何か・・・

人生は、意味のない連続なのか・・・

ボクは、神に尋ねてみたいのだ。

社会が許しても、天が許さない感覚とはなにか・・・

頭で考えなくても、身体が勝手に動く自由自在は手にできるだろうか・・・

そして、人間は死んだらどうなるのか・・・

お釈迦さんは、「死んだらどうなるの」と問われ・・・

「無記」・・・と、答えた。

つまり、ノーコメントなのだ。

日本の神は、如何なお答えなのだろう。

それが、知りたくて待っているのだが・・・

なんとなく、夢が終わってしまったようだ。

(残念、死に対する神の答えが知りたかったけれど・・・。先日、京都の太田神社で拝見した神事が、早速夢に登場してきた。太田神社の御祭神はアメノウズメノミコトだけれど、ボクが待っていた神はどなただったのか。いつかまた、神が降臨する夢を見たら答えをきいてみようかな・・・)