樹の実が色づき始めた。
木々の葉が微妙なグラデェーションに染まっている。
秋の色を感じながら、お気に入りの小道を散策している。
去年の落ち葉が積もって、ふかふかの絨毯の道にキラリと光るもの・・・
それは、メガネだった。
ボクは、それを着けた。
周りの景色が一変した。
陰影がはっきりして、ジュリー・ルブランの絵画を見ているようだ。
そこには色がなく、モノクロの世界があった。
ボクは思わず瞼を閉じた。
眼を開けると、そこには嵐の海が見えた。
海面は激しく波立ち、雲は矢のように流れている。
メガネからは、二つの景色が見えて来た。
左のレンズは臆病
右のレンズは勇気
人間と言う動物の持つ根源的な二つの属性が見えるのだ。
左のレンズには、風から逃げる船が遂には沈没していった。
右のレンズには、風上に船首を20度の角度で向ける船が見える。
荒れ狂う風上に船首を向けるのは、勇気がいるが、これこそ船首支えと言う技術だ。
これは海のカモメから学んだ勇気なのだ。
洋上に住むカモメたちは、荒れ狂う海面に風上20度の角度で浮かび、命をつなぐ。
ボクは再び、瞼を閉じた。
そして開けると、恋をする人間の姿が見えた。
相手の心が欲しくてもがき苦しみ、自分自身が分からなくなり、知らない自分が見えてくるのだ。
恋は自分自身との葛藤。
知らない自分が見えてくるメガネ・・・
ボクは、深呼吸をしてもう一度、瞼を閉じた・・・
だが、そのまま眼が覚めてしまった。
(不思議なメガネだった。最初、世の中がモノクロの世界になった時には驚いた。
このまま、暗黒の世界になり失明するのだろうと覚悟した。この世の、様々な素敵な色のモノを心に記憶しようと思ったほどだった。でも、この不思議なメガネは眼をとじてシャターすると、世界ががらっと変わるのだった。またいつに日か、このメガネを拾ってみたいな。)