河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

誰がカモだか判らない時は、自分がカモなんだ・・・

小さな砂浜まで、丘陵が迫っていて・・・

ボクは、その急な石ころの混ざった道を降りている。

ふと、何かの気配を感じて、右上を振り返ると・・・

突き出した岩の上に、男が立っている。

手には矢を番えた弓を持っているではないか!

更に気配で、左上を見ると・・・

そこにも勇猛そうな男が弓に矢を番えている。

更に、驚くボクの視線の先の男どもが、増殖している。

十数人の男どもが弓矢を持っているのだ。

彼らは、想い思いの方角を向いている。

それぞれの獲物を探しているのだろう。

ボクは再び、海に向かって歩き始めた。

そして、ボクは自分が弓矢を持っている事に気が付いた。

そうか、人はみんな、こうして心の中に弓矢を持っているんだな。

そして、普段は別々の方向を向いている人々の矢が、何かの拍子で、

矢先がひとりに集中してしまうことがあるんだ。

今、この社会に蔓延しているイジメの構図だ。

自分に、矢が向くことなんか誰も気が付かない。

自分が、カモになるなんて誰も思わない。

その時、ボクは背筋に悪寒を感じた。

そっと、振り返った!

えっー!

嘘だろぅ!

背後の男どもの矢先が、一斉にボクに向けられているのだ。

ボクは、坂道を転がるように駆け降りた。

ひゅーひゅーと、矢が空気を切り裂く音が聞こえる。

ボクは、そのまま一気に砂浜から海に飛び込んだ。

ボクの故郷の海だ。

ここなら矢も届かない。

ボクは海中に漂いながら、考えた。

誰がカモだか判らない時は、自分がカモなんだと・・・。

(子供だけでなく、大人の社会にもあるいじめ、排他主義。自分に矢の先が向けられることを恐れて、何もしない、何も言わない社会になってはいないだろうか。

ここまで生きて来られたボクは、自らカモになっても良いと思えて来た。

それが、生かせて頂いている社会への御奉仕かも知れないから。)