河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

街の谷を、時と言う名の川が流れて行く・・・

時が流れている。

ボクの目の前を現実が通り過ぎて行く。

さっきまで、ボクも乗っていた現実の流れ・・・

今、立ち止まって見送っている。

ここにいると現実がよく見えるのだ。

ひとりひとりの小さな無責任や・・・

勇気ある人の隠れた行動や・・・

クレイジー扱いの急進的なイノベーターや・・・

音楽が社会と真剣に向き合っていた作品や・・・

近づくとゴミだらけの富士山や・・・

あきらめのため息をつく人々や・・・

星が瞬くのをやめてしまった夜空や・・・

死後の楽園を信じてジハードに向かう若者や・・・

一度決めたら妥協をしない役人や・・・

心的外傷性ストレス障害を楽しんでいる患者や・・・

目標や夢に向かって、突き進まない子供たちや・・・

勤労と蓄財は神の意志だと叫んでる資本主義者や・・・

一流のつもりで金もうけに走る三流人や・・・

温かい情けも、汲めばまだある下町の横丁や・・・

主人が弱虫の為に、よく吠える犬や・・・

ここにいると、本当によく見えるのだ。

現実に疲れたら、こうして休息をとるのがいい。

安息の時間を楽しんだって、誰もずっと先まで行けやしないのだから。

さぁ、もう一度、時の流れとやらに乗るとしよう。

いらないものは、ここに置き去りにして・・・

いざリアルタイムへ!

ボンボヤージュ!

(なんだかセンチメンタルな気分で目が覚めた。なんだか納得できない自己矛盾を寝ながら感じていた。理由は分かる。今日はボクの朋友・三浦和義さんの七回忌なんだ。彼を死なせた無念は、まだボクの心から消えてはいない。)