河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

恋は・・・眼を閉じて愉しむもの・・・

小さな露天風呂に入っている・・・

見上げると、空には満天の煌めく星たち。

温かな湯船に身を沈め、大きな吐息をひとつ・ふたつ・・・

しかし、この露天風呂の周りはうるさいな。

電車の音や、救急車、チンドン屋のラッパの音まで聞こえてくる。

まぁ、そんな些細なことは気にしないで、考え事でもしようかと・・・

DC500年、インドのゴータマ青年が悟りをひらいたそうだ。

俗にオシャカ様と呼ばれてる人だ。

この世で確実に信じられるものは、生・老・病・死。

生きとし生けるもの、人も全てこのサイクルで終わると・・・

だから、どんな恋も終わりがあるのだ。

突然、そんな観念に包まれた。

恋は先を急がない方がいい。

ゆっくり、小さな刹那を積み重ねて、愉しめばいい。

苦しい恋や哀しい恋など、ナンセンスの極みだ。

恋は心の眼を閉じてするのがいい。

眼を閉じて、夢を追い続けるから恋が出来るのだ。

眼を開けてしまったら、色々な現実が見えてしまう。

恋は非日常のものだ。

恋は晴れの遊びだ。

恋に理屈や論理は馴染まない。

恋は二人きりのフィクションでいい。

現実を持ちだすから、辻褄が合わなくなるのだ。

恋は結婚の為のストレッチではない。

そんな恋を出来る奴が、どれほどいるのか・・・

まず、その心を共有出来る相手に巡り合うのが、至難の業だな。

などと、考えていたら眠くなってきた。

眠ろうかな・・・

と、夢の中で考えていた(笑)

(昨夜は寒かった。風呂に入って居眠りするほど暖まった。そして眠りの中でまた、風呂に入った。そして、朝、目覚めたら喉が猛烈に痛くて声が出ない。夢の中で喋りすぎたのかな(笑))