大海原に月明かりが煌めいている。
静かだ。
都会の喧騒も、生きものたちの声も聞こえない。
ぴたぴたぴた・・・
舷側を小さな波がノックしている。
ボクは30フィートパワーボートのエンジンを止めている。
船は海まかせ、波まかせ、風まかせ・・・
誰もいない海のど真ん中で、こうして大の字になって宇宙を見つめているのが好きだ。
ここにいれば、何もいらない。
煩わしい人間関係もない。
地位も名誉も金も・・・
なんにも欲しいものはない。
その時だった。
数百メートル先の海面を、こちらに向かって来る影がある。
どうやら、大きな船のようではあるが・・・
赤と青の航海灯を点けていない。
フライング・ダッチマン!
幽霊船か!
その船は、音もなくボクに近づいて来る。
その船体は、益々大きく迫り・・・
ボクの横をかすめて行く。
その時、ボクはハッと思った。
シナーラだ。
シーボニア港にいつも停泊している、帆船シナーラだ。
でも、あの大きなマストもブームも取り外されている。
あの優雅な帆船シナーラの美しさは微塵もない。
確かにフライング・ダッチマンだ。
何処へ行くのだろう。
そんな姿で・・・
その時である。
16夜の月が突然、雲間に入った。
一瞬の暗闇・・・
おーっ!
シナーラが、眩い光に染まって浮かび上がった。
夜光虫が一斉にシナーラを、覆い隠したのだ。
纏わりついたと言ってもいい。
美しい・・・
帆船シナーラは、いつものように大きな三本マストを建て、フルセールで暗闇の中を帆走していった。
(先日、FBの友が帆船シナーラが何処かへ曳航されていく姿をアップしていた。
そのマストもブームもないシナーラの痛々しい姿が目に焼き付いていたようだ。
もう一度、最高に美しい帆走しているシナーラに会えた。)