いつか見たことのある町にいる。
一六地蔵、チャーシュウが美味い肉屋、美空ひばりの歌が聞こえるレコード屋・・・
そして、豆屋「いさご豆」は…ボクの家だ。
すると、この町は伊勢佐木町7丁目。
通りには、ほとんど車が走っていない。
自転車がスピードを出して行き交う。
気をつけないと、子供は自転車にはねられてしまう。
突然、昼間なのにヘッドライトを点け、クラクションを鳴らしながらジープがやって来た。
進駐軍のアメリカの兵隊さんが乗っている。
ボクは、ジープの後ろに走り寄る。
「ハングリー!」
「プリーズ・ミー!」
叫びながら走る子供たち。
進駐軍の兵隊さんは、子供たちにチョコレートやチュウインガムをバラバラと投げた。
それを、ボクたちは拾うのだ。
「サンキュウー!」
ハーシーのチョコレートと、チュウインガム・・・
駄菓子しか知らないボクたちには、最高に幸せなひと時なのだった。
60年前・・・
戦禍で荒れ果てた町には、アメリカの物質的な生活への夢と幻想があった。
新しい時代が始まる予感・・・
ボクは、拾い上げたハーシーの銀紙をむいて板チョコをがぶり・・・
すごく大きな、幸せな夢の味がする・・・
その時だった。
突然のけたたましい騒音に、振り返ると・・・
そこには・・・現在の横浜の街並みが・・・
ビルが横丁に覆いかぶさり・・・
車がびっしりと路上を埋めつくし、下を向いて歩く子供たち・・・
大人の顔は、大きなクエスチョンマークの仮面をかぶっている。
夢なき焦土・希望なき焦土・青空のない焦土が目の前にあった。
ボクの60年の歴史はなんだったのか・・・
個人の自由な時代から、組織や権力ばかりが肥大して、個人が小さく小さくなって行く現実・・・
知識人は名ばかりで、誰も闘おうとはしない。
ボクは、伊勢佐木町のほんの少しの青空を見つめるばかりだった。
(ボクの生れた横浜は、貨物船の油の匂いと、カモメの声と進駐軍の昼間のヘッドライト・・・そして美空ひばりの「東京キッド」・・・
右のポッケにやぁ夢がある 左のポッケにやぁチュウインガム・・・
夢が連れて行ってくれた60年前・・・なんだか切なかったな)