読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

インターネットはメディアではない!

ここは何処だろう?

新宿駅の西口広場のような雑踏・・・

人々が皆、一本の矢を握りしめて歩いている。

その矢先を向ける相手を探し求めているのだ。

能狂言のような不気味な無表情を装う人々の群れ・・・

突然、多くの、その矢先がひとりの男に向かう。

何千本の矢が男に突き刺さる。

男は炎上して消去された。

ここは、インターネット広場・・・

リアリティの服を纏ったバーチャルリアリティの仮想空間。

ここには様々なメディアを自称するデバイスが存在する。

文字、図形、音声、そして映像・・・

様々なコンテンツが鎬を削っている。

誰もがメディアを標榜している。

とんでもないぜ!

お前さんたちはメディアなんかじゃない。

ハードなマシーンは確かに優れているだろう。

しかし、それを扱う人間たちのレベルが酷すぎる。

メディアには最低限必要なものが幾つかある。

例えば、哲学だ。

倫理観だ。

常識だ。

そして社会性だ。

最低、この四項目のない人間にメディアは扱えない。

近頃はテレビや新聞でさえ、メディアと言うには程遠い。

そして、このインターネット広場を眺めて見る。

哲学、倫理観、常識、社会性・・・

そんなものを持ってる奴等ひとりもいない。

だから、日本のインターネットはまだメディアではない。

インターネットは個人の生活空間に過ぎない。

重苦しいネットの絆で繋がった、生活協同体なのだ。

それは、酒や煙草よりも依存性が高い。

もしかしたら、人間社会はこれで滅びるのかも知れない。

(日本人の人間関係が、バラバラと崩壊しているとしか思えないのは、ボクだけだろうか?先日の終戦記念日、テレビと新聞が義理のようにニュースを伝えていた。

どうであれ、国難に殉じた幾多の英霊たちがいた事は事実・・・。

その感謝を伝えないものは、少なくともメディアではない。

感謝とはそこに、哲学や倫理観や常識や社会性が含まれているものだから・・・)