群青色の海に向かってたたずむ男がいる
紬の着流しに雪駄履き
笑顔の中の鋭い眼光に一寸一分の隙もない
どこかで見覚えのある横顔
それはやくざな男…と言うより本物の渡世人
S組のY親分だ
今時、着流しに雪駄履き…
時代遅れのやくざな看板を背負ってる男だ
「西郷さんは、命もいらず、名もいらず、権力も金も望まないものは、扱いにくいと言ったがのう…またそんな人間こそ国家の大業を成すのだとも言ったがのう」
Y親分は、潮風に向かって独り呟いている
「わたしはのう、端からそんなものは持ち合わせてはおらんでのう…
まぁ、持っているのは命だけで…失うものがその命ひとつきりとなりゃ気楽なもんやないか、みんなで一緒に死のうや…」
これはいつものY親分の口癖だった
それで子分たちは次々と組みを去って行った
男を売ろうとか、出世しようとか、金を儲けようとか、世間様に認められようとか、俗の世に野心だらけのチンピラたちは出て行った
己を捨ててこそ道理もあれば、義理もあるやくざな世界
そんな渡世人が生きられる時代ではない
Y親分は海に向かいて胡坐を組み合掌している
(懐かしいY親分、罪をかぶって収監中との噂を聞いている。東京の大都市を仕切るある組みの親分だった。ボクのライブでのトークショーに欠かさず来てくれた義理のある男だ。ボクとは喫茶店でお茶をする友で話題はいつも犬と短歌ばかりだったなぁ(笑))