大きな石が口の中に入ろうと迫って来る
ボクは目をむいて大口を開く
巨大な石が口中を塞いで苦しい
直径が5メートルはあろうかと言うデカイ石なのだ
その恐怖で目が覚める
子供の頃、熱を出すと必ず恐ろしい石の幻影に襲われたっけ…
ふと、目を開けると母があの優しい頬笑みでボクを見つめていた
いつも和服に割烹着の似合う母だ
背筋が凛と伸びている
手拭いを姉さんかぶりにして、うなじのほつれ毛もいつもの母だった
母の手が、ボクに何かを差し出す
それは小鉢に入った真っ白な液体
しゃじですくうと、とろっとした甘いもの
それは、クズ湯だった
ボクが病気の時だけ作ってくれる、特別に甘くておいしいクズ湯…
そこには砂糖が入れてある
家族には内緒で、母がボクだけに作ってくれた砂糖の入ったクズ湯…
ボクは口中に沁みわたる、懐かしい甘さで目が覚めた
開いた目から涙がこぼれやがったよ…
(これは戦争が終わって2、3年の頃かな。砂糖は貴重品で、どこの家でも料理にはサッカリンと言う合成の甘味料を使っていた。母は特別の日にだけボクに砂糖のクズ湯を作ってくれた。これ以上の美味しいものを、今だにボクは知らないな。夢の中の母は、
今のボクよりはるかに年下だった。)