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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

遠く記憶の地平に去ったもの

ふと、来し方を振りむいて思う

見えるのはいつも、ごくわずかな出来事

感動するようなものは見えない

遠く記憶の地平の彼方に去っていったのだ

あの久遠の記憶の地平に…

そうだ、あの記憶の地平の果てまで行ってみよう

ボクは歩きだしたのだ

幾つもの丘がある

美しい曲線美の丘

モリス・キスリングの「羞恥」の裸婦の乳房

または

ジュラーリ・デューケの「太陽の贈り物」の

デフォルメされた乳房の芳しい丘

その次に現れたのは

エロスの幻想を追及する画家たちが描いた隠し絵の森

森林の中に、無数の動物たちが隠されている

森を抜けると、大きな川があった

ディディエ・モローの「女の花」が流れている

繊細な線画のように美しい女の花だ

川を昇ると谷がある

なんと言う幽玄な谷間

あたかもマティの描く「神聖なるもの」の全身日焼けした

裸婦の微かに白い谷間

エロティシズムの極みだ

しかし、ここで気がついた

ボクの記憶の地平の先には、いったい何があるのだ

このままでは、とんでもない世界が待っている

一瞬 逡巡し躊躇した

でも、ここまで来たら行くしかない

ボクは地平の果ての最後の崖を滑り降りて行った

そこにあったのは、わおっ!

この旨そうな匂い

ニンジンのテンプラだ

うどん粉の多い、決して上手ではない母のテンプラだ

ボクは草野球で泥まみれで家に帰り

揚げたてのニンジンのテンプラを母からもらうのが

何よりの楽しみだったっけ…

これ数十年間も忘れていた最高の記憶だ

記憶の地平の果てまで来て、よかったなぁ

(ここまで長く生きてきて、初めて思い出すものがある。

記憶って面白い。それを思い出させてくれる夢も素敵だ。

母のニンジンのテンプラ…味や歯ごたえまで想い出したよ。)