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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

被災現場と教育問題

となりの桃田クンと言う言葉が世間を歩いている

バドミントンの桃田選手を揶揄した言葉が…

個性を延ばすことばかりを重視して育ち

目立つことばかり考え、遊びに流され

思考が短絡的な若者のことだそうだ

20歳から26歳のゆとり世代の典型だと言う

その次の世代20歳以下は間逆で

ドライ思考で危ない橋は渡らないのだと言う

そんな彼らを。さとり世代と言うそうだ

今、若者たちは大人社会に翻弄されている

短絡的なマスメディアの方向付けに

教育現場も巻き込まれているのではないのか

そのミッションを指令しているのは誰だ

若者たちの意識を束で括ろうとしているのは誰だ

九州の被災地を見つめながら、ふと考えた

駆けつけているボランティアの中に

ゆとり世代と言われる若者が目立つ

その彼らが戸惑っている

例えば食品や物資が山積みされていても届けられない現実

義捐金が集まっても、すぐに分配されない現実

なぜなら行政はこんな緊急時にも守っていることがある

公平・公正

全員に配ることいができる数が揃うまでは配らない

それが公平であり公正というシステムらしい

一生懸命届けた人々の温かな想いは現場に届いていないのだ

今できることは、今困っている人々を助けることなのに

5年前の東北大震災現場

次々と腐って廃棄処分される支援物資を見つめた

あの時の経験が何も役にたっていない

善意ってなんだろう

安心感が人の心を結ぶ

ひとりで耐えられる不安には限界がある

素早いレスポンスと臨機応変

それをボランティアの若者たちが肌で感じてくれればいい

ボランティアの彼らに漂う社会への反発

単一化された枠組みへの抗議

ボクは彼らの姿にそれを感じた

生きた心ある教育とは、そういうことだと思う

 

(5年前の夏、ボクは学生たちを連れて東北の被災地へ行った。

善意を届けるつもりが、逆にすばらしいお土産を貰ってしまった。

それは東北の人々の心の温かさ。その温もりは未だに残っている。学生たちの心にも…)