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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

五月の鯉が青空でつぶやいている

五月晴れの天空に吹き流しの鯉たちが叫んでいるようだ

私たちのように、口先ばかりが達者で

はらわたの無い大人になるなよと…

鯉のぼりは子供たちへの無言の助言

はらわたの無い大人たちが増殖している

形だけの見た目ばかりの大人たち…

ボクもそのひとりになるのが嫌で

自分の言うことや考えることを即座に信用しない

だってボクも人間の内だからね

何万回も失敗しながら、未だに戦争を止めない人間だからね

不安定な薄い膜の様なプレートの上に住む人間だからね

自分の言うことも、考えることも正しいとは思わない

コミューン的な個人の繋がりや連帯も好きじゃない

人間の原点は孤独だ

孤独とは、自分と言う存在の虚しさと向き合うことだ

だから、笑ったり遊んだり憎んだりすることは

全ては演技であり、フィクションだ

人間の原子核は孤独なのだから…

誰でもそうだけれど、一瞬で生と死が分かれる

これを不条理と言う

殺人や事故や天変地異や病魔や…

その不安や不気味さと闘うのは、いつも独り

今、人間たちは自然と共にあった神々さへも追放する

不条理の恐怖と引き換えに愛があることを忘れて…

春の温かな風は、愁いを連れてくる

悲しみとも違う

なんでもないことが、せつなく感じるのだ

これも五月の春風のなせる業なのか…

鯉たちが千切れるほどに泳いでいる

 

(ボクは春になると浮かれ遊びではなく、遣る瀬ない扉を開けて

独り逍遥するのが好きだ。夜の海は大潮で月の光が朧に霞んで海原を染める時、乙女の肌の様な砂浜に足跡を残しながら歩く。

子供の頃から海で育っった大人の習性かもしれないな。)