早朝の夏の海・・・
昼間は人々の嬌声と騒音に包まれているボクの海。
でも、夜明けの海には観光客も居ない。
ゆるやかな南の風で、潮は静かに西に流れている。
鹿島潮・・・地元の漁師はそう呼ぶ。
こんな潮目がはっきりしている日は、地曳網に黒くてピーンとエラの張った鯵が捕れる。
既に漁師の乗った伝馬船が、沖へ漕ぎだしている。
ボクは浜木綿の群生する砂山に寝転がって、大好きな空想をしている。
ボクは、大人になったら、きっと船乗りになる。
この海の向こうに、もっと大きな海があって、その先には沢山の国があるって、先生が言っていた。
ボクは大きな船の航海士になって、世界中の国々を訪ねるんだ。
そこにあるのが、どんな国だか分からないけれど、ボクならきっとうまくやれる。
早く、大人になりたいな・・・。
世界の国にはきっと、美味いものが沢山あるんだろうな。
可愛い動物たちにも、会えるだろうな。
もしかしたら、お嫁さんも貰えるかな。
そんなことを、いつものように空想しているボクの後姿を、ボクが見つめている。
すっかり、昔とは景色が変わってしまった故郷の海、鵠沼海岸。
砂山はコンクリートの護岸になり、松林は砂埃の舞う駐車場に変容してしまった。
ボクの昔の遊び場は、何処にも見つからないけれど、子供のボクはそこにまだ居た。
「ごめんね」
ボクは子供のボクに謝った。
それは、まだ船乗りになる夢が実現していないことへの詫び。
こんな海岸にしてしまった、ひとりの大人としての懺悔。
ちょっと海草の匂いの混じった、潮の香りだけが昔のままだ。
大人のボクは静かに目を閉じた。
(夢の世界で閉じた目が、現の世界で開いた。なんともせつない夢だったけれど、忘れないようにメモをしてまた眠りについた。子供の頃のボクの大きな海は相模湾だった。それ以上の大きな海を見たことがなかったけれど、その先に何かがあるのは気が付いていた。さぁ、はやく、船乗りにならなくちゃ・・・。)