鬱蒼と茂った草むらを抜けると、小さな泉があった。
蒼い清水が滾々と湧き出ている。
手を浸かると、思いのほか温かい。
それは心が傷ついたものたちを、優しく労わる記憶の泉だった。
泉の中に、ひとりの白髪の老婆が身を沈めている。
老婆は、我が子が年老いて没する様を想い出し、その愛おしさに涙している。
憑依体質の青年は、いつも現実と夢…その境界にいて、二つの世界を彷徨うことに疲れているようだ。
今までの記憶を全て仕舞い込む為に、この泉に来たらしい。
まだ、充分に少女の面影を残す、うつくしい母が子を抱きしめて入水する。
彼女は、彼女の子宝を、車や家や物と比較して産む、産まないを決定する、この国の家族制度が悲しい。
彼女は子宝を大切に守り抜くために、その想いの記憶を焼き付けたいのだ。
悲しい国に生きて行く女の定めだ。
独りの渡世人がやって来た。
地味な紺の着流し・・・
歩く姿に隙はない。
人様に情けの羽織は掛けても、恩の着物は着せない。
「義」と言う、渡世人の掟を、この娑婆に留めておく為にやって来た。
さて、ボクは何をこの泉に沈めておこうかな・・・
考えているうちに、目が覚めちゃった。
(自分が、この世の中で最も大切なもの、その多くはきっと、他人の論理では説明出来ないものだろう。だから自分自身の記憶の泉に、そっと沈めておくのがいい。
そして、必要な時に、そっと取り出して眺めて楽しめばいい。)