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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

なぜ? 人間は最後の晩餐に拘るのだろう・・・

巨大な壁画の前に居る・・・

イタリアのヴィンチ村のレオナルドが「最後の晩餐」を描いている。

それを眺めていて、ふと想う。

人は別れに際してなぜ、食事をするのだろう・・・

死者との別れの儀式、離婚、卒業、旅立ち・・・

人間は、なぜ最後に飯を食うのだろう?

こんなことは、他の動物にはない。

動物のドキュメンタリーで見たことがないもの・・・

大体において、家族や仲間が集まって仲良く食事をするのは人類だけだ。

他の動物は皆、てんでんばらばらに食っている。

むしろ争って食っている動物が多い。

人間は武器を手に入れ、天敵がいないから、こんな習慣が出来たのだろう。

いつでも安全だし、自分が食われる恐怖もない。

だから家族や仲間と食事を楽しむ事を覚えたのだ。

食べることを楽しむのは、人間だけなんだ。

だからと言って・・・

最後の別れになぜ、飯を食うのだろうか・・・

多分、様々な悲しみや辛さを話題にしない為に・・・

心の間に食物と言うクッションが必要なんだな。

人間の微妙な触覚なんだろう・・・

これが、人間関係を保つケミカルボンドなんだと思う。

やっと、ヴィンチ村のレオナルドさんの創作モチーフが分かったよ。

(しかし、「最後の晩餐」が巨大な壁画で現れたのには、驚いた。でも、なぜか得した感もあるな。「飯でも食おうか?」は悪い言葉ではないけれど、先進国だけに通用する言葉でもある。今日の食事がない途上国の人々も沢山いる現実もあるから・・)