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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

闘いの極意は相討ちにある

めてにちがたな

ゆんでにたづな

このフレーズは子供のころに覚えたらしい

何かの拍子に泡沫のように浮かんでは消える

今、ボクシングのリング上にいる

青コーナーだからボクがチャレンジャーなのだろう

チャンピオンの入場を待ちながら、例の言葉が浮かんだのだ

言葉が浮かびながら、初めて意味を悟った

馬手めてに血刀ちがたな

弓手ゆんでに手綱たづな

そうか、これは闘いの歌だったのか

戦国武将の闘いの歌だ

でも、これじゃ美しい闘いにはならないなぁ

ボクは男の闘いには美学が欲しい

例えばだ…

片手に拳銃

背中に哀愁

拳銃を撃ちながら瞳が潤んでいるような

ヒットマンが好きだ

男は強ければ強いほどに背中に哀愁が欲しい

せつないペーソス

やるせないアクション

閉じた瞼の小さな皺

決して悲しい男ではない

幸せな男でもない

ただ自堕落な影がある

闘う男の実存哲学なのだ

いつしか赤コーナーにチャンプが登場し

試合開始のゴングが鳴ってしまった

チャンプが鉄拳をかかげて突進してくる

ボクは腹を括って身を捨てた

チャンプは必殺の右フックを打ちこんでくるだろう

ボクは、そのパンチをよけないで

左のストレートをクロスに打つ

相討ちのクロスカウンターだ

相討ちこそ闘いの理想形なのだ

その時、哀愁を持ってる奴がリングに立ち続ける

勝ち負けにこだわる阿呆はぶっ倒れる

ボクの勝負の極意だ

(好むと好まざるに関わらず、この世は闘いのリングだ。

闘いの極意は相討ちにある。身を斬らせて骨を叩き折るのだ。

これはビジネス社会にも通用する。相討ちの覚悟を持てれば負けるわけがない。新年から闘争本能が一段と…やばいぜ)