港の見える小さな丘にいる
ここはボクの生れたふるさと
黄昏が海面をつつむ頃
船の灯りが瞬きはじめる
その刹那が大好きだった
疲れたカモメたちがアンカーロープに連なる
鯔背なボラが水面からジャンプする
重い油の混じった潮風に溶け込んだ娼婦の安い香水のかほり
ここはボクのふるさとなんだ
ボクの肉体を生んだ天地
純真な心の記憶
一人で過ごした時空の流れを
心に一枚の写真で焼き付けてある
その記憶の力がボクを幸せにも不幸にもしてきた
記憶のボクは、今でもボクの中に居て
ボクに微笑んでいる
この小さな港の見える丘に登ると
微弱な記憶の結晶が見つかる
ボクは間もなく再び遠くへ去る
あの無頼の街へ
愛憎の濁流の渦へ
ボクが嫌う陳腐な喜劇の舞台へ
浜風がなんだか温かい
それは、誰にもあるような
只の季節の変わり目の頃
今、大切なものを、この季節に凝固させておこう
(ボクが生れたのは、横浜の港が見える丘の近くだったらしい。戦争中だったのでどさくさ紛れだったらしい(笑) 今でも丘に登ると記憶の結晶が現れてくる。それは夢の中でも同じように、心の奥深くに刷り込まれているのだろう。)