河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

今、正しい日本のおじさんはいるか?

波の上に、ウミネコの親子が眠っている

小さな水音の中に春の光が射しこむ

そんな風景の中でなぜだか

おじさんの定義について想いを馳せている

おじさんとは、ある程度の歳を重ねた

お兄さんとお爺さんの間の世代だ

年齢的な線引きだと、女性の眼線では35歳

男のそれでは40歳だと厚労省が発表してはいない(笑)

しかし、男にとってお兄さんとおじさんでは

心の持ち方、身構え方、モチベーションがまるで違う

その間には大いなる径庭があるのだ

ましてや、おじさんとおじいさんでは

戦争が起きてもおかしくないくらい、揉めるであろう

い、がひとつあるかないかで天国と地獄の差異がある

しかし、ボクはこの論争から一歩踏み込んで

正しいおじさんについて考察している

日本の正しいおじさんとは、

インテリで勤勉でリベラルで温厚で公正な男子だ

この基準で我が身を見つめると

ボクは完全に悪いおじさんである

でも、それに満足している

正系があるからこそ異端の存在が光る

メインストリームがあるからこそカウンターカルチャーが輝く

日本の正しいおじさんが大活躍してこそ

ボクら、悪いおじさんのアイデンティティが認められる

しかし最近、正しいおじさんの旗色があやしい

経済的進歩的文化的おじさんは罵倒の対象になっている

家族の中でさえ打倒の対象だ

おじさんの常識や社会通念は廃棄処分になってしまった

もはや反時代的な存在なのである

かくして…ボクたち悪いおじさんはどうしよう

存在の意味も場所もないのである

ええい、この際、正しいお爺さんになっちまおうかね

(寝覚めの床で、こんなことを夢想していた。確かに最近の

おじさんたちの旗色はよろしくない。日本の経済基盤を作り上げた

称えられるべき人々である。その正しいおじさんたちがかわいそうだなぁと、悪いおじさんから悪いお爺さんに転身したボクは

心配しているのである(笑))