暗い街灯がひとつ灯る波止場街・・・
グレーのロングコートにスカーフを巻いた女がたたずむ・・
近くの道端には、酔った男が電柱に寄りかかり、
若い男と女は諍いをしている。
ロングショットで見ると、なんだか滑稽ないつもの風景・・・
その時、ボクの目がスカーフの女をアップショットで捉えた。
美しい・・・
何処かで見たことがある・・・
そうだ、映画のスクリーンだ。
それは、天才女優と言われた、嵯峨三智子さんだった。
確か、ボクも若い頃、映画の撮影所で心を交わしたことがある。
彼女はタイのバンコクで非業の死を遂げた。
妖艶なお姫様女優が、なぜかバンコクで・・・
あの時ボクは、彼女は自ら破滅の道を選んだのだと思った。
破滅こそ、彼女に相応しい死に方だと思った。
母であり大女優の山田五十鈴の血をひいて、天才女優というレッテルがついていた。
しかし、彼女はその才気と資質に背を向けて、ひたすら破滅の道を駆け降りているように、ボクには想えたのだ。
美しさの影としての醜さや汚さや悲しさを、彼女は隠そうとしなかった。
女優の人生は、まず先に意味がある。
その意味を体験やら虚構やら色々なもので分解していく作業が女優なのだ。
それを嵯峨三智子は拒否した。
破滅への道・・・
それは、羨ましくなるほどの孤独を楽しむ道のりなのだ。
ズームインした彼女の頬に、寂しそうな涙の雫・・・
次のカットは、再び波止場街のロングショット・・・
喜劇が始まってしまった。
(ボクの人生で、一度しか接点のない女優、嵯峨三智子さんと夢で会えた。
あれは、まだボクが30代の駈け出しのプロデューサーの頃で、ハイヤーで撮影所に乗りつけて来た彼女を出迎えた記憶がある。世の中にこれほど透き通った美しい肌の人がいるのかと!驚いた。)