夕刻、物陰から一斉に影が這い出してきて、闇に染めて行く。
生命の苦悩と陶酔を、ふと感じる時だ。
ボクの周囲に秋の夜風がやってきて、汗にまみれた身体に巻きつく。
路上のカフェテラス・・・
ビジネスマンが、煙草の火をもみ消して、それでこの議論終わり・・・と言う顔つきで去って行った。
柔らかく、人を分けて歩いて行くのは勝ち相撲の力士だ。
危ない橋と分かって渡る娼婦が、商いの微笑を創っている。
そんな、人々の中にやはり、あの人がボクを待っていた。
夢の中で、いつもボクを待ち続けている人だ。
あの人を見かけると、ボクはいつも無駄に過ごしてきた歳月が胸に押し寄せてくる。
生活の重力に、男の美学がやせ細るのを感じる。
金も家も幸さえなく貧しくとも、死ぬ、その時まで楽しくすごせとの叱咤が心を満たす。
一寸先は光だよ・・と声が聞こえる。
あの人を見かけると、ボクはいつも同じ想念に包まれるのだ。
今も、あの人が待っている。
でも、ボクはボクの表情が分からない距離を保つ。
ボクは、あの人には何時も夢の中で待っていて欲しいと願う。
でも、これ以上は近づかない。
あの人は・・・ボクの母だから・・・
まだ・・・
まだ・・・
まだ・・・
(状況や場所は様々だけれど、夢の中でボクを待っている女性の存在は分かっている。時に彼女を見かけると心が安らぐ。そして来し方行く末を想う。その人は母なのだが、母だと確認したくない。確認したら、もう会えないと思うからだ・・・)