小さな、にじり口を潜ると、そこは端整な茶室だった。
粋な和服の女性が2名、キチンと正坐している。
その向こうにはセンスの良い、ねずみ色の和服の男性が・・・
見渡すと、床の間の掛け軸には・・・
「四規七則」の文字が・・・
これは、茶道の千利休が、人をもてなす心を説いた言葉だ。
すると、この人があの千利休なのか!
じゃ、センスのいいお召しものこそ、利休鼠だ!
すげー
生れて初めて、本物の利休鼠の色を見た。
なんと言う色の深み、品格、光沢、地味の極み・・・
しかし、ボクは此処へどうやってタイムスリップしてきたのだろう・・・
まぁ、考えてもしょうがない。
とにかく、この場を取り繕わなくては・・・
その時、愕然とした。
ボクは正座が苦手なんだ。
というより、5分ともたないでしびれる。
神社の正式参拝で、何度も地獄の苦しみを味わったことか・・・
神社で地獄も、あり得ない話だけれど・・・
「楽にお座りなさい」
利休さんが、優しい声でボクを座らせた。
「一期一会・・・あなたは私の大事な客人です」
「私の四規は和・敬・静・寂」
それそれ、どこかで読んだことがある。
「私は客人を心からもてなします。なぜならあなたは武士です」
「いや、あの、ボクは放送作家ですが・・・」
「武士のあなたは、明日には死ぬかもしれませぬ」
「いや、ボクはまだ死にたくありませんし・・・」
「武士の命は儚い・・・だからこそ私は気配りを極めるのです」
こりゃ、まずいぞ・・・
ボクの疑心に暗鬼が群がって来た。
こんな時は、36計、逃げるに如かずだ。
ボクは利休さんが、お茶を点てている間に、脱兎のごとく逃げ出した。
お茶を頂いたら、死ななくちゃならない・・・
それはいやだ。
ボクは、時代劇のセットのような街中を、こけつまろびつ逃げ回っている。
結構、息も切れかかって眼が覚めた。
(夢には無限の可能性を秘めた世界観がある。時限を軽々と越えて、ボクを様々な所へ誘ってくれる。こんな素敵なエンターテイメントはないな。眠ることは何よりも楽しく重要なひと時なのだ。少なくてもボクには・・・)