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河村シゲルの夢か現か日記

夢は自分自身で創る芸術作品、脚本・演出・セット・キャスティングなど全て1人で担当してます。「無意識の思考を意識に伝えようとしているのが夢」だと、あのフロイトが言っています。ボクは最近、夢を毎日見ています。だからもう一人の自分探しの旅のつもりで夢日記を書き続けることにしました。

妖艶・生身のような文楽人形に…

妖麗な花弁は女の欲望を解放する

花の香りを裸身にまとって男を狙う

溢れるほどのエロティシズム

全身の官能が解き放たれる

女の巨大な欲望に、怯むことのない男は鬼だ 

確かに鬼だ

「必ずや 吾を食いつくす 男なり

 眼をあけしまま 喰われてやらむ」

エロスの血が滴るような、河野裕子の歌集が浮かぶ

突然、歌集の言葉が入り乱れて螺旋と化し

その中から、心中の二文字が屹立する

イメージが飛んでいく

心中…曽根崎…近松門左衛門…

妖艶、生身の女のような人形の動き

「この世のなごり

夜もなごり

死にゆく身をたとうれば

あだしが原の道の霜

一足づつに消えて行く

夢の夢こそ あわれなれ

草も木も空もなごりと見上げれば…

北斗はさえて影映る

星の妹背の天の川…」

曽根崎心中の、あの名台詞が浮かぶ

文楽の人形遣いの技術は心中さえも

極限的に美しいエロスに浄化する

美しい生身の女のような人形…

「我とそなたは めおと星

必ず添うとすがり寄り

二人が中に降る涙

川の水かさもまさるべし」

道行 みちゆき…

心中の物語を美しく浄化する道行

文楽の劇作家によって心中は美化された

(劇作家の劇作家たる所以は、虚構と真実を取り交ぜ、

本来、下世話なものに息を吹き込んで美学に変える技術だ。

女と男の様々な無念の死を、心中という美意識に高めたのは

すばらしい事だと思う。)