ただ一面に立ち込める羽二重のような柔らかな霧。
草枕でまどろむボク。
「シゲルちゃん!」
微かに聞き覚えのある、ボクを呼ぶ透き通った可愛い声。
目を閉じて、心のアーカイブス走馬灯をめくる。
そうだ、ここは日光の戦場ヶ原だ。
では、この声は・・・。
ふなだとみこさん!
もし、ボクが傷心の身であったなら、躊躇することなく、その胸に抱かれるであろうほどの頬笑みと眼差し。
そのとみこさんがボクの前にいる。
確かにいるのだ。
でも、ボクは一センチたりとも動けない。動かない。
動いたら、とみこさんがいなくなってしまうような気がして。
とみこさんは、清楚な白のブラウスに濃紺のフレアーなスカート。
あの日と同じだ。
この衣装が似合うひとは、とみこさんしかいないだろうと思う。
「あれ?いつものユニホームじゃないのですね?
「うん、お仕事辞めたから・・・」
とみこさんが寂しそうに言った。
やはり、そうだったんだ。辞めたんだ。
ボクは、納得した。
納得した事を、記憶しようと考えていたら、覚醒してしまった。
もう一度、慌てて目を閉じたが、夢は別の物語だった。
それは、書かない。
(とみこさんは、ボクが中学生の時、修学旅行で日光へ行った先のバスガールさんだ。ボクはとみこさんに一瞬で心を奪われ、旅行中、お寺や景色など何も見ていなかった。帰ってから手紙を出した。そしてボクの地元の江ノ島まで会いに来てくれた。
二人分のお弁当を持って、来てくれた。
可愛い、とみこさんが海を見つめながらぽつんと言った。「私ね、胸の病気だから、もう来られないのよ」
とみこさんとは、それきりだった。大人になったボクは、あれが結核と言う病気なのだろうと悟った。そのとみこさんに再び会えた。)